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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)476号 判決

原告

渡井友美

ほか四名

被告

横浜市

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告渡井孝代に対し六〇〇万円、原告渡井友美・同渡井弥里に対しそれぞれ三〇〇万円ずつ、原告渡井トキ・同有限会社渡井商事に対しそれぞれ四〇〇万円ずつ及びこれらに対する昭和五六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は市道脇の水路で死体で発見された原動機付自転車の運転者の遺族らが、右死亡は被告の道路管理の瑕疵に起因すると主張して、国家賠償法二条に基づき損害賠償を請求した事件である。

(争点)

原告らは、本件事故の態様は、亡渡井隆夫が第一種原動機付自転車に乗つて死体発見現場の交差点を西から北へ左折した際、道路左側端交差点隅にあつた直径〇・七メートル、深さ〇・二メートルの決壊部分に前輪を落として操縦の自由を失い、約一・五メートル前方の水路に転落して死亡したものであるとし、道路管理者である被告には、道路を常時良好な状態に保つよう維持修繕するとともに、破損箇所がある場合には交通の制限などをする義務及び車両の転落を防止する防護施設を設置する義務があるところ、被告はこれらの義務を怠つたのであるから、隆夫の死亡は被告の道路管理の瑕疵に起因すると主張する。

被告は事故態様、損害額を争うほか、過失相殺(飲酒運転、前方不注視)を主張する。

第三争点に対する判断

一  事故態様

1  証拠(甲一、二、四、一〇の一ないし四、五の一ないし九、原告渡井トキ)によれば、昭和五六年九月一日午前六時ころ、隆夫が横浜市瀬谷区本郷町一丁目三七番地の五先市道交差点付近の用水路にバイクごと転落して死亡しているのが発見されたこと、この用水路は、右交差点を原告らの主張するように左折した場合、進行方向に向かつて道路左側にあり、コンクリート製の枠で囲まれた幅一メートル前後の狭いものであること(なお、コンクリート枠の上面には、一定間隔を置いてコンクリート製の支柱が差し渡されている。)、路面と用水路には約一・四メートルの高低差があり、簡易舗装の道路端から用水路に至る路肩には雑草が茂つていること、解剖の結果によると、死因は溺死であり、死亡時刻は同日午前二時と推定され、又、死体の頬・顎・頚・肩・腕関節部のいずれも右側に打撲ないし擦過傷があり、右顔面から右前胸部に硬度を有する比較的平坦なものが擦過していつたと考えられるほか、血中濃度〇・二六パーセントのアルコールが検出されたこと、なお、死体発見地点は右交差点の最も近い隅すなわち原告らが道路の破損箇所があつたと主張する地点から少なくとも数メートルは離れていること、以上の事実が認められる。

この事実を前提とすると、隆夫はバイク運転中に何らかの原因で路外に逸脱し、死体発見地点で頭部から用水路に転落し、用水路のコンクリート枠に体の前面右側を打ち付けたものと推認される。

2  そこで、その原因について考えるに、原告ら主張の事故態様は、これを認めるに足りる証拠がないばかりか、仮にその主張のとおり、交差点の隅に道路の破損箇所があり、左折する隆夫がこれにバイクの前輪を落として操縦の自由を失い、水路に転落したと仮定すれば、死体発見地点はもつと交差点寄りの手前になるのが自然であると思われるから採るを得ない。また、原告らの主張を前提とすると、上記認定の事実に照らして、隆夫はハンドルを取られながらも交差点を無事左折後、死体発見地点までの約数メートルを、恐らくはふらふらと進行して左側の水路に転落した、ということにならざるを得ないが、その場合上記認定の死体右側の傷が発生することは不自然で直ちに納得出来ない。

二  結局、本件においては、全証拠によるも具体的事故態様を認定することができないから、道路管理者である被告が、道路を常時良好な状態に保つよう維持修繕するとともに、破損箇所がある場合には交通の制限などをする義務を怠つたために本件事故が発生したという主張は理由がない。

また、被告が車両の転落を防止する防護施設を設置する義務を怠つたとの主張について判断するに、そもそもこのような議論も具体的な事故態様が不明の場合には実益がないものであるが、加えて、仮に防護施設があれば隆夫の死亡を防止し得たと仮定しても、道路の瑕疵とは、道路を道路として通常の用法に従つて使用する場合に安全性を欠いていると認められる状態を指すもので、道路の位置、利用状況、近隣の環境など当該道路について事故時の具体的な諸事情を総合的に勘案して判断すべきものであることは被告の主張するとおりであるところ、本件全証拠によるも、本件事故現場にガードレール等防護施設を設置しなかつたことが道路の瑕疵にあたると認めることはできないから、右主張も理由がない。

(裁判官 清水悠爾)

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